【2025年度・第2回】7月9日開催記録
- さちえ 水野
- 7月19日
- 読了時間: 7分
「企業価値に資する人的資本経営コンソーシアム」の第2回研究会は、2025年7月9日(水)に慶應義塾大学三田キャンパスにて開催されました。前回を上回る74名が参加し、オブザーバーの方々には2階席も開放されました。

プログラム 1)
「若手社員のインクルージョン効果:シャドーボードとリバースメンタリング」
慶應義塾大学 総合政策学部 教授 保田隆明先生
慶應義塾大学SFC研究所 上席所員 藤原牧季さん
明治大学 理工学部 特任講師 崎濱栄治先生
若手社員のインクルージョン施策として注目される、「シャドーボード」と「リバースメンタリング」に関する大規模調査結果が報告されました。シャドーボードは若手社員で構成される影の取締役会です。アパレル企業のGucciが2015年に導入し、ショート動画や体験型店舗などの新施策を打ち出して、業績を伸ばしたことで知られます。リバースメンタリングは若手社員が経営層へデジタル知識や価値観を共有したり、世代間の知識交換を行ったりする取り組みで、GEのジャック・ウェルチが1999年に導入したのが有名です。
今回の研究は、こうした若手参画型施策の導入状況と効果を検証する目的で行われました。上場企業156社から回答を得たアンケート調査(回答率4.9%)によると、約6割が「提案制度(例:シャドーボード)」、「共有制度(例:リバースメンタリング)」、「定期交流(例:世代間交流会)」のいずれかを導入していたそうです。導入企業の特徴として、時価総額や総資産が大きく、女性管理職比率も高い傾向が見られるとのことでした。
施策の成果については、シャドーボードは事業の見直しや新規事業開拓で有意な成果が認められ、リバースメンタリングも企業文化変革や若手の啓発に効果的でした。一方で世代間交流会は、若手の満足度やエンゲージメント向上には有意に寄与したものの、経営層の啓発までには至っていないことが明らかになったそうです。成功のカギは「経営層のコミットメント」。単に制度を導入するだけでなく、若手が自由に発言できる環境整備や、経営層のトレーニングも重要とのことでした。
さらに、「導入企業の実感」と「未導入企業の期待」のギャップも紹介されました。特に世代間交流において、未導入企業は過剰な期待を抱く傾向があり、導入による効果は主にエンゲージメントの向上に留まるのだそうです。一方でシャドーボードとリバースメンタリングは、若手社員の啓発や人材育成面において、期待を上回る成果を挙げているとのことでした。
発表後のグループディスカッションでは、若手が主体となれるテーマ設定や経営層側の準備の重要性が語られました。また、リバースメンタリングを単発で行うのではなく、数年かけて組織のコミュニケーションをトップダウン型からボトムアップ型へ変化させたり、さらに横同士や階層をスキップしたりするなどのルートを作った上で、進めている企業の事例も紹介されました。
プログラム 2)
「人的資本経営におけるOJTの現在地」
株式会社パーソル総合研究所 上席主任研究員 佐々木聡さん
OJT(職場内訓練)に関する様々な調査データを解説していただきました。上場企業への人的資本の情報開示義務化により、数値で示しにくいOJTのあり方が注目されているそうです。

人的資本の情報開示が求められる動きのなかで、研修実績など開示が比較的容易なOff-JTへの取り組みだけでなく、人材育成の基盤となるOJTへの関心が高まっているそうです。採用競争の激化により、既存社員を戦力化する必要性が高まったこと、退職者による組織内のダメージを避けるために育成が不可欠になったことなどが理由のようです。
一方で、「教える側の人材不足」も深刻化しています。多忙により人材育成の余裕がなくなると、「教わった経験がないから教えられない」という負の連鎖が生じ、育成環境が崩壊しかねないとのことでした。あわせて、人的資本における「ロミンガ―の法則」も紹介されました。リーダーの成長に役立つものは「経験(自然発生的OJT)」が70%、他者からの「薫陶(意図的OJT)」が20%、「研修(Off-JT)」が10%とされているそうです。
歴史的には1940年代のアメリカのアレン式4段階法(やって見せる・説明する・やらせてみる・補修指導)に由来し、日本では戦後の高度経済成長期に、現場主導のOJTが普及。バブル崩壊後のコスト削減やコロナ禍などにより、螺旋的に発展するOJTが再び注目されているそうです。
さらに日本における“現在地”として、パーソル総合研究所による「OJTに関する定量調査2024年」をご紹介いただきました。調査によると、教わる側・教える側の双方の課題感として「教える人による内容の違い」が多くを占めていたそうです。さらにマニュアルやツール不足、古い教え方などが挙げられました。また、教える側の変化としては「ハラスメントへの配慮」「効率重視」「教える人不足」が示されたそうです。これらの構造的な課題と組織内の課題を放置したままでいると、新人の仕事のパフォーマンスや組織文化に影響するだけでなく、「教わらないから教えられない」という負の連鎖が生じかねないとのことでした。教えられる人がきちんと教え、教わった人が育って教えられる人になるという、正の連鎖が求められます。
また、日本の伝統的なOJTの事例として、京都の花街の事例をご紹介いただきました。舞妓・芸妓に対して、お茶屋や置屋や女紅場などが「花街共同体」としてOJTを実行し、人手不足の危機を何度も乗り越えてきたそうです。「教え、教えられて皆で育てる」という文化が育ち、守られているとのことでした。
人的資本におけるOJTの今後については、教える側と教わる側の双方に行動改善が必要と指摘されました。従来の「馴染ませる&学ばせるOJT」から「学び合う&変わり合うOJT」への変化が求められるそうです。
発表後のグループディスカッションでは、「教える内容によってはマニュアル化できるかもしれないが、マニュアルは陳腐化しないよう更新する必要もある」、「教える側のトレーニングや教わる側の学習スキル向上、さらには負のスパイラルに陥りそうな社員を救済する仕組みが必要」といった意見が共有されました。
プログラム 3)
「2024年度の統合報告書アワードで見られた変化」
慶應義塾大学 政策・メディア研究科 講師(非常勤)福田智美先生
企業の情報開示について研究されている福田先生に、2024年度の日経統合報告書アワードで見られた変化を中心にお話しいただきました。

福田先生はまず、統合報告書などによる企業の開示が必要なのは「企業価値が上がる効果があるから」と明言されました。非財務情報の開示のうち、人的資本強化やサステナビリティ経営の情報公開が、資本コストの低減や期待成長率の向上につながり、企業価値の向上に寄与するという理論は学術的に実証されているそうです。適切な情報開示を行い、継続的にアップデートしている企業ほど、株価のパフォーマンスが高いというデータも示されているとのことでした。
情報開示の好事例として、丸井グループの「手上げ制度」や、双日の「女性管理職比率向上のためのパイプラインの開示」、「男性育児休暇取得比率だけでなく『日数』の開示」などをご紹介いただきました。
2024年度の日経統合報告書アワードでは、企業の「ガバナンスへの再注目」が見られたそうです。ESGの「E」「S」を支える基盤としてガバナンスの強固さが評価された他には、「実効性」や「投資家」「ステークホルダー」といった財務意識の高まりも見られたとのことでした。
また、アワードの評価対象となっている「トップマネジメントのメッセージ」の分析についてもご紹介いただきました。トップマネジメントのメッセージで財務情報とESG(非財務)の両方を伝え、続けてCFOやCSOが詳細を伝えることにより、一貫したストーリーテリングにつながるとのことです。
あわせて福田先生は、「統合報告書を作成する目的はアワードの受賞ではなく、あくまでも企業価値の向上に貢献する『適切な開示』を行うことにある」と強調されました。統合報告書はステークホルダーにとっては有益な情報であり、企業がどのような未来を描いて成長していくかを示す重要なツール、という位置づけとのことでした。
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8月29日(金)の第3回研究会は、「これからの経営人材育成論」「ビジネスモデルと経営戦略・組織戦略」「未来共創イニシアチブによる若手・経営層との対話」の3テーマにて開催予定です。どうぞご期待ください。

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