【2025年度・第6回】12月3日開催記録
- さちえ 水野
- 2月4日
- 読了時間: 10分
「企業価値に資する人的資本経営コンソーシアム」の第6回研究会は、2025年12月3日(水)に慶應義塾大学三田キャンパスにて開催されました。

プログラム 1)
「人的資本経営時代、採用難に向き合うコーポレートコミュニケーション」
株式会社電通PRコンサルティング エグゼクティブフェロー
企業広報戦略研究所 所長
阪井 完二 様
企業のブランドや広報の、戦略と実践に精通する阪井さんによるご講演です。人的資本経営が企業価値の重要な構成要素として位置づけられるなか、採用環境は一段と厳しさを増しています。阪井さんは冒頭、日本の人手不足はもはや一時的な現象ではなく、「長期かつ粘着的」な構造問題であると指摘しました。2035年には約380万人の労働力不足が見込まれており、企業は「選ぶ側」から「選ばれる側」へと明確に転換しているのだそうです。この環境下では、従来の人事主導の採用活動だけでは不十分で、広報と連携した一貫性のあるコーポレートコミュニケーションが不可欠となります。

阪井さんが強調したのは、採用広報を点ではなく、就職前の認知形成から入社後の定着・活躍、さらには社員自身による発信までを含む「線」として捉える視点です。企業広報戦略研究所の調査によると、上場企業の約6割が人事と広報が十分に連携しないまま採用関連の情報発信を行っているといいます。採用難が常態化する時代において、この分断は企業の魅力を正しく伝えるうえで大きな制約となっているそうです。
では、企業は何を訴求すれば「働きたい企業」として選ばれるのでしょうか。阪井さんからは、企業の魅力を「人的魅力」「社会的魅力」「商品的魅力」の3要素で捉える「魅力度ブランディングモデル」が紹介されました。なかでも注目すべきは、就職活動中の学生において、最も重視されているのが「人的魅力」という点です。技術力や将来性、安定性・透明性、成長戦略といった要素は、企業の中で働く「人」や組織の姿を通じて認識される。単なる制度紹介やスローガンではなく、社員の言葉や行動を通じた具体的なファクトが重要になるのです。
さらに、人的資本と社会・関係資本の両方が伝わっている場合、企業に対する魅力度は一方のみの場合と比べて約2.4倍に高まるという調査結果も示されました。企業の魅力は、就職意向だけでなく、購入や投資といった行動にも影響を及ぼします。すなわち、採用広報は人材確保にとどまらず、企業価値全体を左右する経営課題であると言えます。
情報の伝え方にも工夫が求められます。就活生にとって影響力は、リアルな接点やオウンドメディア、ソーシャルメディアの比率が全世代傾向よりも高まるそうです。とりわけ、インターンシップや面接の場で接する社員は「企業そのもの」として見られており、自社の魅力、とりわけ人的魅力を自分の言葉で語れる準備ができているかが問われます。
講演の締めくくりとして阪井さんは、人事と広報が連携し、企業として「誰に、どう思われたいのか」を明確にしたうえで、人的資本と社会・関係資本を統合的に伝えていくことの重要性を訴えました。採用難の時代に向き合うコーポレートコミュニケーションは、人的資本経営を実装し、企業価値を高めるための中核的な経営活動なのです。
プログラム 2)
「HRBPの役割と実践〜IT企業の事例から〜」
LINEヤフー株式会社 人事総務統括CBU
中村 有沙 様
LINEヤフー株式会社で人材開発や採用の責任者を務める中村さんに、人的資本経営の実装において「HRBP(Human Resource Business Partner)」が果たす役割の重要性を、同社の実践例をもとにご講演いただきました。

HRBPとは単なる人事担当ではなく、事業戦略と人材戦略を統合し、経営や事業リーダーと並走しながら組織の成果にコミットする存在です。冒頭、中村さんはUlrich & Brockbank(2005)の定義を引きつつ、HRBPを「組織の成果に責任を持ち、事業責任者の意思決定の質と組織力を高めるために、人と組織の専門家として伴走する役割」と説明しました。
HRBPが求められる背景には、事業環境の急激な変化と人的資本の戦略的重要性の高まりがあるそうです。従来の人事は、採用、労務、報酬といった機能別に分断されがちで、経営との連動が不十分でした。しかし、競争優位の源泉が人と組織に移る中で、経営戦略と人材戦略を一体で設計・実行する役割としてHRBPが必要になっているのです。
中村さんからは、ヤフー(現LINEヤフー)の変革期におけるHRBPの実践をご紹介いただきました。ヤフーは1996年創業後、2012年に「第二の創業」としてスマートフォンシフトを打ち出し、さらに2023年10月にはLINEやZHDなどと統合し、LINEヤフーとなりました。2012年当時、事業拡大と社員数も増え、組織の縦割り化や意思決定の遅さ、人材の固定化、挑戦が生まれにくい等の状態にあったのだそうです。そこで経営は、ビジョンを「課題解決エンジン」と再定義し、「課題解決・爆速・フォーカス・ワイルド」という行動規範を打ち出し、組織構造も変更するなど、当時は「爆速経営」と呼ばれる改革を行いました。この変革を人の側面から支えるために、新たにHRBPと組織開発等の機能が設けられたといいます。
当時のヤフーのHRBPは、「人と組織のプロフェッショナルとして人事施策を活用し、現場のピープルデベロップメント(PD)力を高め、ビジネスの成長に貢献する」ことを目指しました。事業部門ごとにHRBPが配置され、目標設定、評価、異動、育成といった人事の仕組みを通じて、現場の成果創出を後押ししたとのことです。
その中核となったのが、経験学習サイクルを軸とした育成の仕組みです。目標設定(Plan)、業務経験(Do)、フィードバック(Check)、異動やストレッチアサイン(Action)を半年のサイクルで回し、その基盤として毎週の1on1ミーティングが定着していきました。これにより、個人の成長と組織の成果を結びつける運用が可能になったそうです。また、人材開発会議、ES調査、登用や異動、評価・報酬といった各施策も連動させ、人事のPDCAを事業運営の中に組み込んでいったとのことでした。
HRBPとして中村さんが重視するのは、①事業戦略とビジネスモデルの深い理解、②組織のキーマンとの継続的な対話、③データに基づく組織課題の見立て、④自分の得意技で拙速に介入しない姿勢です。中村さんは短期の課題対応と中長期の組織づくりを両立させることが、HRBPの価値を生むと強調しました。
しかし、HRBPには落とし穴もあるそうです。戦略パートナーという理想を掲げるだけでは機能せず、日々のオペレーションに忙殺されて中長期的な課題や戦略的な関与ができなくなる、あるいは組織開発や人材育成に偏りすぎて評価や労務などの業務が疎かになる、といった失敗パターンがあるといいます。一方でHRBP導入のメリットとしては、事業の解像度が高まり人事内での意思決定の質が上がること、人事施策の実行力が高まること、人事パーソンの人材の育成につながることが挙げられるものの、同時に人件費や調整コストが増える点も指摘されました。
中村さんは最後に、「人事は経営者が目標を達成するためのパートナーでなければならない」という言葉を引用し、それぞれの自社においてHRBPがどのように現場の人事力を高め、事業成果につなげるのかを問い直すことが、人的資本経営を実質化する第一歩になると投げかけ、講演を締めくくりました。
プログラム 3)
「生成AIと人的資本経営」
株式会社ディーファイブコンサルティング 代表取締役社長
兼 上智大学データサイエンス大学院 非常勤講師
渡辺 悟 様
企業変革のプロフェッショナルで、9月に株式会社ディーファイブコンサルティングの代表取締役社長に就任された、渡辺さんによるご講演です。

冒頭、渡辺さんは人的資本経営を「人というエンジンの性能を最大化し、企業が保有するあらゆる資本を価値へと変換する経営手法」と定義しました。人には意思、熱意、思考、行動、責任という固有の特性があり、これらが企業価値創造の源泉になるという考え方です。
そしていま、「人のエンジン」に外部刺激を与えているのが生成AIだといいます。とあるコンサルティング会社の調査によると、米国や英国では生成AIを社外向けサービスや業務変革に積極活用し、ガバナンス整備とセットで高い成果を上げているそうです。一方、日本は導入割合自体は平均的ながらも、効果を「期待以上」と感じている企業の割合は米英の4分の1程度にとどまっているそうです。渡辺さんは、「AI技術をどう位置づけるかが、効果を大きく左右していることが浮き彫りになっている」と示唆しました。
そのカギは、生成AIを「高度な検索サービス」のように単にツールとして使うのか、「共創のパートナー」として扱うのかの違いにあるそうです。後者として活用している企業ほど、業務変革や新たな価値創出につながる成果を実感しているといいます。生成AIは単なる作業代替ではなく、人の思考を拡張し、仮説立案や意思決定の質を引き上げる相棒になりつつあるのです。
技術的にも、生成AIはすでに人間の平均的なIQを大きく上回っているそうです。2024年時点で、すでに高度な推論やクリエイティブ分野において人間の上位10%に相当する水準に達したと言われています。現在の生成AIはモデルによってはIQ160以上という超人的なレベルに達していると言われており、もはや「便利ツール」を超えた共創パートナーとしての可能性を示しているそうです。
さらに、生成AIは歴史的にも特異な技術だといいます。農耕、鉄、内燃機関、インターネットと並ぶ「GPTs(General-Purpose Technologies: 汎用技術)」の25番目としてAGI(Artificial General Intelligence: 汎用人工知能)が位置づけられており、ひとたび実現すれば、人類が生み出す最後のGPTになるかもしれないとされるそうです。AGIの先には、人間の知能をあらゆる面で凌駕するASI(Artificial Super Intelligence: 人工超知能)も視野に入ると示されました。
こうした技術環境においては人事部門の役割も大きく変わります。これまでの人事は評価・配置・育成を人が制度化し、人が管理することが中心でした。生成AI時代には人の意思や熱意、思考をいかに引き出し、組織としての知的生産性を最大化するかが問われるそうです。人事業務においては、AIが集計・分析や管理などのルーティン業務を担い、人は仮説構築や判断、人材のモチベーション向上・組織活性化などの高度な業務を担うという新しい分業が現実のものになりつつあるのです。
一例として、研究会の参加企業の統合報告書を、生成AIが疑似審査するデモが紹介されました。人手で行えば膨大な時間がかかる分析を、生成AIが日経統合報告書アワードの基準に照らして、短時間で開示内容の弱点や改善余地を相応レベルで可視化できることが示されました。
この事例を通じて渡辺さんは、「AIは何でも分かっている魔法の箱ではない」とも強調しました。生成AIに統合報告書「だけ」を与えて評価させても、根拠の薄い結果しか返ってきません。アワード審査基準や自社の組織文化、ステークホルダーに伝えたい要所などのような、人間が熟考した評価の物差しを与えることで初めて、自社の経営やIRの改善に使えるアウトプットになるといいます。渡辺さんは、生成AIの価値は単に答えを出す作業を手伝ってもらうことになく、経営の意思決定プロセスや事業モデル等をAI前提で再設計・再構築することにあると述べました。
終盤に渡辺さんが伝えたのは、「AIは敵か味方か」という二項対立ではなく、「どう使えば人的資本の価値を最大化できるか」という経営の問いにあるということです。人的資本経営の本質は、単に人に投資することではなく、人という資本をいかに高度化し、他の経営資本と結びつけて価値を生むかにあります。生成AIはそのエンジンを飛躍的に強化する増幅装置になり得ます。渡辺さんは、「経営陣と管理職に求められるのは、AIを導入するか否かではなく、AIと人の関係性をゼロベースで設計し、企業の価値創造モデルに組み込むという戦略的な意思決定である」と講演を締めくくりました。
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2月2日(月)の第7回研究会は、「社員エンゲージメントをブランド価値に結びつける」「取締役会/指名・報酬委員会と人事部門」「人総ダッシュボードの作成」の3テーマにて開催されます。どうぞご期待ください。

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