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【2025年度・第4回】10月16日開催記録


「企業価値に資する人的資本経営コンソーシアム」の第4回研究会は、2025年10月16日(木)に慶應義塾大学三田キャンパスにて開催され、65名が参加しました。



研究会会場のある三田キャンパス東館
研究会会場のある三田キャンパス東館

プログラム 1) 

「マネジメント・コントロール・システムのデザイン ~会計数値と人事システムの関わりを考える~」

福岡大学 商学部 准教授 飛田努先生

 

 管理会計を軸に、スタートアップや中小企業のマネジメントを研究されている飛田先生の講義です。スタートアップや中小企業の経営管理は、変化の激しい状況でどう組織を統制して成長するかが問われます。飛田先生はこれを「マネジメント・コントロール・システム(MCS)」の設計として捉え、会計と人事を架橋する視点から解説されました。

 

福岡大学 飛田努先生
福岡大学 飛田努先生

 MCSとは、戦略を実現するために社員が自然に目標へ向かう仕組みを設計する方法論です。単なる数値管理ではなく、理論や組織文化も含まれる「実行のためのシステム」とのことです。飛田先生によると、スタートアップにおけるMCSは柔軟性と適応性が生命線であり、経営の初期段階では、会計データの厳密な統制よりも実験と学習を促す枠組みが必要となるそうです。

 

 講義では、2005年創業のスローガン株式会社について、上場までにMCSをどのように構築していったかが紹介されました。同社は、創業期は「ミッション・ドリブン」で自由闊達な経営が特徴だったものの、上場準備に入ると投資家対応や開示要件への対応から予算制度が導入され、数値管理が求められるようになりました。しかし、単に「数字で縛る」だけでは創業期の活力が失われてしまいます。そこで同社は、実力値と挑戦値を分けて設定し、結果よりもプロセスを重視する管理手法に転換したそうです。達成できなかった場合も「なぜできなかったのか」を議論できる仕組みによって、現場の納得感と説明責任を両立させました。

 

 さらに2022年には、ミッション、ビジョン、バリュー(MVV)とMCSを連携させた社内制度「カステラ」を導入。経営会議体を複層的に設計し、中長期計画(NYL)、次四半期計画(NQL)、予算達成ミーティングを連動させることで、管理職層の数値感覚とコミュニケーション力を高めました。導入後には「共通言語が生まれた」「中長期視点が強化された」といった評価が寄せられているそうです。飛田先生は「会計情報は制約ではなく、対話を生む基盤となる」と講義をしめくくりました。

 

 講義後、「理念をシステムでどう運用するか」「理念と成果(数値)をどうつなぐか」「文化を壊さずにMCSを強化するには」の3テーマで行われたグループディスカッションでは、社内で蓄積されたデータを活用する「人」側のアップデートが進まない実情や、理念や社会価値創造を行動に落とし込む仕組みづくりの難しさが語られました。飛田先生からは、「制度設計には“遊び”や “揺らぎ”を許容する余地が必要」とのアドバイスもありました。



プログラム 2)

「価値共創に向けたJ. フロント リテイリングの人財戦略」

J.フロント リテイリング株式会社 執行役 業務推進部長兼コンプライアンス担当 兼 人財戦略統括部グループ人財政策部長 梅林 憲様

 

 百貨店の大丸や松坂屋、PARCOなどを擁するJ. フロント リテイリングで人財戦略を担われている、梅林様による講演です。


J.フロント リテイリング株式会社 梅林憲様
J.フロント リテイリング株式会社 梅林憲様

 2000年ごろ、同社では希望退職者を募りつつ、職能資格制度からジョブ型の人事制度へ転換し、大規模な構造改革を実施されたそうです。この改革によってコスト削減や業務のマニュアル化、効率化が進み業績はV字回復したものの、その後も改革を「そのまま続けた」ところ組織は疲弊。現場は評価対象である日々の仕事に取り組むのに手一杯で、新しいことへチャレンジする余裕がなくなってしまったそうです。講演では、「ジョブ型が悪いわけではないが、臨界点を超えていた」と語られました。

 

 こうした反省を踏まえて同社では、「企業文化と組織風土の刷新」を軸に人事制度の再構築を進めているそうです。コロナ禍前から着手した改革は、単なる制度改定ではなく「企業価値向上につながる人事」への転換を目指すものだといいます。掲げる人財マネジメントポリシーは「巻き込むチカラを、面白がるココロを。」。社員一人ひとりが主体的に動き、価値共創を生む企業文化への転換を目指しているそうです。

 

その第一歩は「リーダーシップの強化」。従来、正解を探し求めがちだった現場の判断力を高め、リスクも取る組織風土や企業文化を根付かせるためには、マネジメント層の体験改革を最優先に進めるべきと判断されたそうです。講演では、役員や部長層に向けたワークショップの実施や、評価制度の改定、評価範囲の適正化などの施策が紹介されました。次世代を担う人財の採用と育成も喫緊の課題であるなかで、「企業文化を変えなければ何も変わらない」と、人事部門が先頭に立って変革を推し進める決意が示されました。

 

 講演後、「企業文化・組織風土を刷新するキーは何か(誰か)?」などのテーマで行われたグループディスカッションでは、失敗を許容しつつ外部の知見を柔軟に取り入れることの重要性や、「トップ(社長)のリーダーシップは重要だが、次世代を担う社員による提案も必要」という意見、エグゼクティブ層への外部人材登用による、組織への刺激がもたらす効果とリスクなどが話し合われました。



プログラム 3) 

「人的資本経営ストーリーの作り方」

事業創造大学院大学 教授 一守 靖 先生

 

 人的資源管理や組織行動論、人的資本経営論がご専門の一守先生による講義です。講義では、人的資本経営をいかに実践へ落とし込むかについて、そのカギの「ストーリー」が解説されました。


事業創造大学院大学 一守靖先生
事業創造大学院大学 一守靖先生

 人的資本経営のモデルは、経営戦略と人事戦略の連動が中核に据えられます。企業の存在意義(パーパス)を起点に文化を醸成し、従業員一人ひとりの力を高め、それを組織力へとつなげていきます。そこには制度や仕組み(ハード)だけでなく、企業文化(ソフト)との整合も不可欠なのだそうです。一守先生は、「企業文化を変えなければ、人事施策も機能しないことがある」と指摘されました。

 

 続けて、人的資本経営を「取り組む」「実効性を高める」「定着させる」という3つのステップに分解したうえで、これらを効果的に進めるための10のポイントを紹介。さらに変革のプロセスをJohn P. Kotterの「変革の8段階のプロセス」に重ねられました。人的資本経営が①急務であることを認識して、②推進チームを結成し、③ストーリーを策定して、④わかりやすく伝え、⑤意欲のある社員をサポートして、⑥短期的な成果をあげ、⑦定着させてPDCAを回し続け、⑧根付かせていく、というものです。一守先生は、「人的資本経営は制度改革ではなく、価値観や行動を変える企業変革のプロセス」と強調されました。

 

 加えて近年はISOの新規格「ISO30201」が制定予定で、人材マネジメントが企業価値創出にどうつながるかのストーリーが重要視される見通しだそうです。データだけではなく、経営戦略との因果を語れるストーリーを描くために、講義では一守先生が開発された「人的資本経営キャンバス」が紹介されました。企業の存在意義や企業文化、取り巻く環境や経営戦略などを1枚で可視化し、自社のストーリーを描くための枠組みです。上場企業による具体例も示されました。

 

 講義後、人的資本経営キャンバスの具体例に登場した「多様性の促進」をテーマに行われたグループディスカッションでは、多様性の尊重と組織の一体感とのバランスを保つ難しさや、個々の社員をまとめる企業のパーパスの力、旧来的な職務区分を見直す必要性などが議論されました。

 

(ご参考)

今回の講義に関連する、一守先生のご著書です。

『人的資本経営ストーリーのつくりかた―経営戦略と人材のつながりを可視化する』 

(一守靖/中央経済社)

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11月13日(木)の第5回研究会では、「ファイナンス理論から見た人的資本経営というディレンマ」、「人的資本経営とシニア活用」、「運用プロフェッショナルの人材マネジメント(仮)」、「人的資本が企業価値を動かす:機関投資家の視点から見るデータ分析(仮)」 の4テーマで開催予定です。どうぞご期待ください。 



 


 





 



 

 
 
 

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