企業価値に資する人的資本経営コンソーシアム 2026年公開シンポジウム 開催記録
- さちえ 水野
- 4月4日
- 読了時間: 5分
2026年3月4日(水)、慶應義塾大学三田キャンパス北館ホールにて開催した公開シンポジウムには、これまでで最多となる120名の方々にご参加いただきました。シンポジウム後の意見交換会でも活発な交流が見られ、テーマへの関心の高さが伺えました。
第一部「株式市場から見る人的資本経営」では、株式市場の視点から人的資本経営と企業価値の関係が多角的に語られました。

冒頭、本コンソーシアムの共同座長で慶應義塾大学総合政策学部教授の保田隆明氏は、人的資本経営を「経営戦略の中核として位置づけるべきもの」とし、株式市場の視点からその重要性を論じました。企業価値の最大化には、収益性と社会価値の両立が不可欠であり、その実現を支えるのが人的資本であると指摘。投資家は近年、従業員エンゲージメントや人材育成などの非財務情報を将来の業績を示す先行指標として重視しています。
一方で、保田氏はROEが一定水準に達して初めて市場評価が高まる現実にも触れ、財務と非財務の統合的な戦略の必要性を強調しました。さらに、企業が持続的に成長するには、事業ポートフォリオの転換を担う人材の育成と、それを支える組織づくりが重要であると述べました。
続いて、アモーヴァ・アセットマネジメント株式会社チーフ・オペレーティング・オフィサー・オブ・インベストメント・ジャパン(COOI-Japan)の寺口政行氏は、機関投資家の立場から人的資本と企業価値の関係を、データに基づき解説しました。

寺口氏はまず、日本企業は国際比較で人材投資水準が低く、それが労働生産性の伸び悩みにつながっていると指摘。そのうえで、ESGの各要素の中でも「人的資本」の評価が高い企業ほど、その後の株式リターンが高い傾向があることを実証分析で示しました。特に教育投資や従業員エンゲージメント向上施策は、売上成長や収益性の改善に寄与することが明らかになっているそうです。さらに、投資家と企業の間には、人的資本の価値に対する認識ギャップも存在することに触れるとともに、企業側には自社の特性に即した人的資本の取り組みを進めると同時に、その内容をストーリーとして説明することが重要であると述べました。
株式会社イトーキ 代表取締役社長の湊宏司氏は、自社の経営改革の実践を通じて、人的資本経営の具体像を示しました。

同社は業績低迷を背景に経営改革に着手し、「明日の『働く』を、デザインする。」というミッションステートメントのもと、事業構造の転換と組織改革を進めてきました。従来の製品中心のビジネスから、空間設計といった工程へ軸足を移すことで付加価値を高めているそうです。湊氏は、その変革を支えているのが従業員エンゲージメントの向上であり、人材への投資を通じて組織の生産性と創造性を高めている点を強調しました。また、経営トップとして外部から参画した立場を生かし、既存の常識にとらわれない意思決定と組織変革の重要性を指摘。人的資本を軸にした経営が、企業価値向上に直結することを実例をもって示しました。
パネルディスカッションでは、「株式市場から見た人的資本経営」をテーマに、非財務情報の評価と企業側の対応について議論が交わされました。

投資家が人的資本に関する情報を重要視する一方で、その価値が十分に伝わっていない現状が指摘されました。登壇者たちからは、単なる指標開示ではなく、経営戦略と人的資本の関係性を一貫したストーリーとして示すことが不可欠との意見が共有されました。また、人材投資の効果は短期では見えにくく、中長期視点で評価されるべきであるとの認識も一致しました。ファシリテーターの保田氏が、企業には自社の事業特性に応じた人的資本戦略を構築し、投資家との対話を通じて理解を深めていくことが求められると述べて議論を締めくくりました。
第二部「人的資本経営を通じた企業価値向上策」では、人的資本経営を起点とした企業価値向上の取り組みと実践が語られました。
本コンソーシアムの共同座長であるパーソル総合研究所 上席主任研究員の佐々木聡氏は、近年注目される「反DEI」の動向を起点に、日本企業における人的資本経営の現在地を論じました。

米国ではDEI施策の見直しが進んでいるものの、背景には司法判断や投資効果への疑問があると指摘。一方で、日本では女性活躍推進などを中心に独自の文脈で人的資本施策が進展しており、単純な輸入型マネジメントでは対応できないと述べました。また、ダイバーシティは「多様性」から「インクルージョン」「エクイティ」へと発展し、近年は「ビロンギング(帰属意識)」の重要性が高まっている点にも言及。企業と個人がフラットな関係に移行するなかで、従業員が自らの存在価値を実感できる環境づくりが、これからの組織運営に不可欠であると強調しました。
丸紅株式会社 常務執行役員CHROの鹿島浩二氏は、同社の人財戦略を通じて、経営戦略と人財戦略の連動の重要性を示しました。

同社では、社会課題の解決と新たな価値創出を実現するため、2018年より「人財」×「仕掛け」×「時間」という掛け合わせを軸とした組織変革を推進。2020年の人事制度の改革では、ミッションに応じて処遇を決定する仕組みや、部門を超えた協働を促す施策を導入し、挑戦を後押しする環境を整備してきたそうです。また、女性比率の向上や職掌制度の見直しなど、多様性を高める取り組みも進めています。こうした施策の積み重ねにより、従業員エンゲージメントは大きく向上。多様な人財が有機的につながり価値を生み出すことが、企業の持続的成長につながるとの認識を示しました。
※第二部の登壇者 早稲田大学 商学学術院教授 谷口真美氏の講演・パネルディスカッションについては、ご本人の希望により記録無しとなります。ご了承ください。

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