2026年度 第4回研究会 開催記録
「企業価値に資する人的資本経営コンソーシアム」の第4回研究会は、2026年10月2日(金)に慶應義塾大学三田キャンパスにて開催されました。

プログラム①
「デンマーク人はなぜ4時に帰っても成果を出せるのか」
デンマーク文化研究家 針貝有佳さん
早稲田大学大学院でデンマークの労働市場政策を研究し、デンマークへ移住したのちも数々のメディアを通じて現地情報を発信する、針貝有佳さんによる講演です。著書『デンマーク人はなぜ4時に帰っても成果を出せるのか』(PHPビジネス新書)等の内容を中心に、短い労働時間と高いビジネス効率性を両立するデンマークの働き方について、制度や職場での実践、背景にある考え方が紹介されました。

デンマークでは、午後3~4時に仕事を終え、家族と夕食を共にする生活が広く見られます。これを支えるのが、週37時間を基本とするフレックスタイム制や在宅勤務、長期休暇、夫婦で取得する育児休暇です。制度を活用し、家族との時間と双方のキャリアを両立させています。針貝さんは、帰宅後に仕事メールの返信をする人もいるものの、大切なのは「私生活を犠牲にしないこと」だと説明しました。生活の充実によって仕事に向かうエネルギーが生まれ、成果が再び生活の充実につながる好循環が意識されています。
その根底にあるのが「ムリしない、ムリさせない」という原則です。自分も周囲も休息を取り、高い生産性を持続させることを重視します。また、仕事では「石橋を造りながら渡る」ように、まず始めて試行錯誤し、状況に応じて計画や目標を変えていく姿勢が特徴として挙げられました。
組織運営では、専門家と管理職の役割を分けて考えます。管理職は、その分野で優秀な人が昇進して担う役職というより、チームを支えるマネジメントの専門家です。部下の意見を聞き、働きやすい環境を整え、失敗した際には一緒に解決策を考えます。細かな指示で管理するのではなく、役割を明確にしてやり方を本人に任せる「マクロマネジメント」が紹介されました。その前提となるのが適材適所とビジョンの共有であり、一人ひとりが専門性を生かして役割を果たすことで成果につなげています。
職場のコミュニケーションは、雑談を含め、職場内・勤務時間内で行うことが特徴です。例えば週1回、部署のメンバーで朝食を取り、上司も持ち回りで準備を担当します。仕事以外の話から互いの関心や得意・不得意を知り、適材適所にも生かしています。雑談や対話、会議を職場内で行い、勤務時間外の飲み会などでの根回しに頼らないことで、コミュニケーションの負担を軽減しています。これにより、家事や育児のために早く帰る人も、第一線で活躍できる環境につながっていると説明されました。
講演後は、自分にとっての「喜びの時間」「手放したい時間」と、「喜びを増やすために踏み出せる一歩」を参加者それぞれが考えました。家族と過ごす時間や成長を実感できる時間を大切にしたいという声のほか、形式的な作業や会議を減らしたいという意見が挙がりました。
質疑では、日本企業への導入方法やデンマークの課題について質問が寄せられました。針貝さんは、日本の組織に合った取り入れ方は参加者とともに考えていきたいとし、「人事評価を気にすること」が社員の行動を制約する可能性に言及しました。また、社員に評価されていると感じさせるよりも、仕事の現状や課題を共有し、解決に伴走する対話が大切だと紹介しました。一方で、デンマークにも休みすぎという問題があると説明し、その働き方にも課題があることが共有されました。
プログラム②
最新データで読み解く「人的資本経営 その5年後、日本企業の人事は変われたのか」 人事部トレンド定量調査2026
共同座長/パーソル総合研究所 上席主任研究員 佐々木聡
パーソル総合研究所のシンクタンク本部が実施した「人事部トレンド定量調査2026」をもとに、日本企業の人事部の現在地と、戦略人事を進めるための課題が紹介されました。第3回研究会のケーススタディで議論した、「人事戦略を描けるHRプロ」の育成にもつながる講演です。調査は2026年3月、従業員300人以上の企業で働く人事・経営企画の係長以上の正規雇用者や経営層など2000人を対象に実施され、主に内資系企業の回答が分析されました。

まず、企業の経営課題の上位には、人材確保や育成・リスキリング、DX・AIを活用した業務改革など、人と組織に関わるテーマが並んでいます。一方で2021年の調査と比較すると、人事課題としてメンタルヘルスや長時間労働、離職防止などへの課題感が高まる反面、イノベーションや新規事業を担う人材の確保、次世代経営人材の選抜・育成、理念の浸透などへの課題感は低下していました。佐々木さんは、「目の前の課題への対応とともに、成果が出るまで時間のかかる中長期的な取り組みも必要」と指摘しました。
人事部の関与は採用や人事評価で強い一方、経営・組織戦略やAI領域では限定的です。また、人事担当者のスキルは、関係構築などの対人領域に比べ、課題設定や問題解決などのビジネス領域で不足感が高いことが示されました。経営課題の中心に人材があるにもかかわらず、人事が経営の意思決定に十分に関与できているとはいえない状況が紹介されました。
働き方改革については、別の調査から、2018年と比べて月間残業時間がメンバー層で6.7時間、上司層で9時間減少したことが示されました。一方、人事部トレンド調査では「管理職への負担が増えた」との回答が4割を超え、人材育成やノウハウ共有の時間が減るなどの弊害も確認されました。時間の削減だけでなく、生まれた余力を企業価値につなげる視点が求められます。
さらに、人事部の戦略的なパフォーマンスと企業業績には、相関が見られることが紹介されました。パフォーマンスを阻害する要因として、企画構想力の不足、事業部とのコミュニケーション不足、人事部内でのビジョン共有不足が挙げられました。戦略人事を進めるには、制度の導入だけでなく、人事部自身の組織能力と、経営・事業との関係を見直す必要があります。
その推進要素として、佐々木さんからは「職務範囲の脱・属人化」「処遇の市場化」「自律的キャリア選択」「タレントデータの一元化」「社内/外の雇用流動化」の五つが示されました。社内だけで完結せず、外部労働市場との関係を踏まえ、人材の配置や育成、処遇を考える重要性が説明されました。
講演後のディスカッションでは、人材データの未整備や予算確保の難しさ、育成への投資と人材流動化の両立など、各社の課題が共有されました。優秀な人材を社内にとどめる視点に加え、社外でも活躍できる人材の市場価値を意識して、人事施策を考える必要があるという意見も挙がりました。また、参加者からは、AI活用の前提となる人材データの整備の難しさも指摘されました。講演とディスカッションを通じて、参加者は調査結果を自社の状況と照らし合わせ、人事の次の一手を考える示唆を得ました。
プログラム③
AI時代に求められる「ワールドクラス人事」の人的資本経営
~HRモダナイゼーション実態調査から紐解く、ワールドクラス人事への変革論点
ワークデイ株式会社 チーフHRストラテジスト 籔本レオさん
人事コンサルティングや事業会社での人事変革を経験し、多くの企業への助言を行う籔本レオさんによる講演です。「HRモダナイゼーション実態調査」をもとに、人事が経営・事業に貢献するための課題と、AI時代を見据えた組織・人材マネジメントの方向性が紹介されました。

冒頭、「ワールドクラス人事」とは海外展開の有無を指すものではなく、グローバル先進企業と同等の仕組みを備え、経営や事業部門がその価値を認め、活用している状態だと説明されました。人事施策を導入しても、現場で知られていなかったり、活用されていなかったりすれば、経営への貢献にはつながりません。籔本さんからは、施策をつくることと、成果を生むことの間にある課題が示されました。
調査からの示唆として、まず人事のリーダーシップと事業への支援機能が挙げられました。CHROなどの人事責任者を設置するだけでなく、経営に関与できる位置づけと専門性が必要です。また、事業を人事面から支えるHRBPについても、設置目的と実際の活動が一致しているかが重要であり、役割の認識がばらばらでは、事業部門から必要な機能として認められにくいと指摘されました。
次に、現場の管理職による人材マネジメントが取り上げられました。調査では、管理職が人事制度・施策を理解し、部下の育成や成長に積極的に活用している状態にある企業は12%にとどまります。籔本さんは、これが人事部門の管理職自身の回答である点にも言及しました。現場の管理職が人材マネジメントの主体となるには、責任だけでなく権限や知識を持ち、人事がその活動を支える関係を整える必要があります。
経営戦略と人材戦略の連動では、事業計画を起点に必要な人員・人件費を計画し、ポジション単位で管理する考え方が紹介されました。単に不足人数を積み上げるのではなく、事業目標の達成に必要な組織と人材を考え、採用や異動などの日々の運用につなげます。講演では、ワークデイが顧客に提供するダッシュボードの画面も示され、人員・人件費や採用の進捗を把握し、採用の停止や人員枠の振り替えなどの経営判断に活用する具体例が紹介されました。
人事システムについては、給与計算や人事情報の保管にとどまらず、経営や現場の意思決定を支える基盤として捉え直すことが提案されました。AIによる人材のマッチングなども、元となるデータの品質が低ければ効果を発揮できません。組織・人材情報を業務の動きに合わせて更新し、活用できる状態を保つことが必要です。
さらに、AIエージェントが業務を担う時代には、情報へのアクセス権限や処理の正確性、費用と成果の管理が求められます。従業員だけでなく、外部人材やAIも含めた費用と付加価値を捉え、人事・財務・ITなどの部門が連携して生産性を考える視点が紹介されました。
講義後のディスカッションでは、採用と育成の連携の難しさや、AIによる業務効率化を促す動機づけなどが話題になりました。籔本さんは、海外の仕組みをすべて模倣するのではなく、広く知ったうえで自社に合う要素を取り入れることが大切だと説明しました。さらに質疑では、事業戦略から逆算した要員計画とポジション管理を日本企業に取り入れる際の難しさや、ジョブ型雇用との関係について質問がありました。籔本さんは、職務を明確に定義することとポジション管理は相性がよいものの、必ずしもセットではなく、人員枠を明確に管理する考え方はジョブ型雇用でなくても取り入れられると応じました。
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11月13日(金)の第5回研究会は、「コーポレートガバナンス・コードにおける『人的資本』の意味-人的資本をどう開示していけばよいのか?-」「AIエージェント時代の人的資本経営(仮)」「ユナイテッドアローズの人的資本経営 1.0から2.0へ」の3テーマで開催予定です。どうぞご期待ください。

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