2026年度 第2回研究会 開催記録
- さちえ 水野
- 11 分前
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「企業価値に資する人的資本経営コンソーシアム」の第2回研究会は、2026年7月28日(火)に慶應義塾大学三田キャンパスにて開催されました。

プログラム①
「人的資本は生産性向上に寄与するのか」
学習院大学 経済学部 教授 滝澤美帆先生
マクロ経済学や生産性分析を専門とし、企業ビッグデータを用いた実証研究を進める滝澤先生による講義です。滝澤先生は研究成果をもとに、日本経済が直面する課題と人的資本投資の意義について解説されました。

まず滝澤先生は、日本経済において生産性向上が重要視される背景を説明しました。人口減少や少子高齢化によって労働力人口の増加が見込みにくい日本では、働き手を増やすことではなく、一人ひとりが生み出す付加価値を高めることが不可欠です。しかし、日本の時間当たり労働生産性はOECD加盟38カ国中28位と、主要先進国の中でも低い水準にとどまっています。産業別に見ても、サービス業を中心にアメリカやドイツとの差が大きく、生産性向上の余地は依然として大きいことが示されました。
では、生産性を高めるには何が必要なのでしょうか。滝澤先生は、設備投資や研究開発に加え、「無形資産」への投資が重要であると指摘しました。特に人的資本や組織への投資は、企業の競争力を左右する重要な要素です。一方で、日本はソフトウェアや研究開発には一定の投資を行ってきたものの、人的資本投資や組織への投資は欧米諸国と比べても極めて少ない水準にあります。ICTや研究開発への投資だけでは生産性が十分に向上しなかった背景には、それらを活用できる人材の育成が十分でなかった可能性があるとの考えが示されました。
続いて紹介されたのは、人的資本投資と企業業績の関係に関する実証研究です。教育訓練費などを指標として分析した国内外の研究では、人への投資は企業の労働生産性や利益率の向上と正の関係があることが数多く報告されています。また、人的資本投資は短期間で成果が現れるとは限らないものの、エンゲージメント向上や離職率の低下、人材の定着、健康経営、柔軟な働き方、DXなどと組み合わさることで、中長期的な企業価値向上につながる可能性が示されました。一方で、施策を実施するだけでは十分ではなく、従業員に内容が正しく伝わり、実際に活用されていることが重要であることも紹介されました。
講義後のグループディスカッションでは、リスキリングや福利厚生への投資が離職率低下やエンゲージメント向上につながった事例が共有される一方、研修の目的や効果測定が十分に整理されていない企業も少なくないことが課題として挙げられました。また、人材育成施策が従業員に十分浸透していないケースや、評価制度との連動が見えにくいことも議論されました。これに対し滝澤先生は、企業が期待する能力と従業員に求めるスキルを明確にし、施策の浸透度を把握することの重要性を指摘しました。さらに、健康経営や人的資本施策は「実施すること」だけではなく、従業員に伝わって初めて効果を発揮することや、テクノロジーの活用が施策の浸透度向上にも寄与するとの研究結果を紹介し、人的資本経営を企業価値向上へ結び付けるためには、施策の設計と社内への浸透を一体で考える必要があることが共有されました。
プログラム②
「Yet thisからのスタート どこから踏みだそうか? 日本の人的資本経営の現在地」
株式会社JERA HR統括部 人事企画部長 松永 美稲子様
人事の現場では、理想と現実の間でさまざまな葛藤を抱えながら試行錯誤が続いています。JERAの松永美稲子さんは、人事として25年近く現場で培ってきた経験をもとに、日本企業の人的資本経営の「現在地」を整理するとともに、次の一歩を踏み出すための視点について講演されました。

講演ではまず、人的資本経営を取り巻く現状が紹介されました。人的資本経営という言葉の認知度は高まった一方で、その内容まで十分理解している人はまだ多くありません。また、人的資本開示や制度整備が進んでいる企業は増えているものの、多くの企業では「まだ十分ではない」と認識されています。一方で、人事を取り巻く環境は急速に変化しています。黒字企業による早期退職募集、ニューロダイバーシティへの対応、管理職の「罰ゲーム化」といった新たな課題が次々と表面化し、人事には従来とは異なる対応が求められていると説明されました。
こうした状況を踏まえ、松永さんは人的資本経営を「Not this(これではない)」から「But this(目指す姿)」へ移行する途中段階として、「Yet this(まだここ)」という考え方を提示しました。多くの企業では、管理業務と価値創造を同時に担う人事部門が日々の業務に追われ、事業戦略と人事戦略の十分な接続や、現場への定着までには至っていないのが実情です。人的資本経営は制度を導入すれば実現するものではなく、人事自身が現状を客観的に見つめ直し、現場とのギャップを認識することが出発点になるとの考えが示されました。
続いて、採用から育成、評価、昇進、異動までのHRライフサイクルに沿って、現場で起きている課題が紹介されました。初任給の引き上げやジョブ型人事、社内公募など人的資本経営を意識した制度は広がっているものの、実際の運用では従来型の慣行も色濃く残っています。ジョブディスクリプションと目標管理制度のずれ、抜擢人事と降格・降給の難しさ、社内公募をめぐる組織の葛藤など、制度と現場の運用には少なからず矛盾が存在します。松永さんは、こうした「理想と現実の間」にある課題を直視し、人事自身が変革の主体となる必要性を強調しました。
講演後のディスカッションでは、人的資本経営を推進するうえで、ジョブ型とメンバーシップ型の最適なバランス、事業戦略と人事戦略の接続、AI時代における人事部門の役割などについて議論が交わされました。その後、次回の研究会で実施するケーススタディに向け、松永さんから示された4つのテーマについて、参加者による投票が行われました。その結果、「人事戦略が描けるHRプロになりたい」が最も多くの支持を集め、次回はこのテーマを軸に議論を深めることとなりました。
プログラム③
「経営戦略の進化
-アルゴリズムとロボティクスの時代に、CHROの役割はどう変わるか-」
慶應義塾大学 総合政策学部 教授 琴坂将広先生
経営戦略を専門とし、企業の競争優位や組織設計を研究する琴坂先生による講義です。ご自身の近著『経営戦略の進化<理論編>』や刊行予定の『経営戦略の進化<実践編>』などの内容をもとに、AI時代において人事責任者(CHRO)が果たすべき役割についてお話しされました。

冒頭、近年の経営戦略研究における4つの新潮流が紹介されました。「実践・行動としての経営戦略」「多層的境界の戦略」「非市場・制度戦略」「アルゴリズムとロボティクス」の4つは、一見異なるテーマでありながら、最終的には「人と組織をどう設計するか」という共通の課題に行き着くと説明されました。経営戦略は市場分析だけではなく、組織の意思決定や制度設計、人材マネジメントまで含めて考える時代に入っていると指摘しました。
続いて、それぞれの潮流においてCHROに求められる3つの役割について解説がありました。ひとつは、組織の判断を左右するバイアスや意思決定プロセスを設計する「判断構造の設計者」としての役割です。会議体や資料のフォーマット、評価方法など日々の実践を設計することで、より質の高い意思決定を実現できるといいます。2点目は、正社員だけでなく、委託先やパートナー企業、コミュニティなど組織の境界を越えた人的資本を視野に入れる「人材境界の統治者」です。3点目は、人的資本開示や雇用規範、AI利用規範を、社会のルール形成に働きかける制度戦略として捉える視点を持つ「労働市場・規範のルール形成者」です。琴坂先生は、これらは人事部門が制度運営だけでなく、企業の競争優位を支える経営戦略そのものに深く関わることを意味すると説明しました。
後半では、AIやロボティクスの進展が人事の役割をどのように変えるのかについて解説がありました。AIは従来の業務を代替して効率化するだけでなく、「働き手は人間である」という人事の前提そのものを変えつつあります。そのため、これからの人事部門には、人とAIをどのように配置し、それぞれの役割をどう設計するかという視点が求められます。また、その状況で正しい判断が生まれる会議体や意思決定プロセスを設計することもCHROの重要な役割であり、そのためには人事だけでなくCTOやCFOなど他部門とも連携しながら組織全体を設計・統治していく必要があると説明されました。
講義後のディスカッションでは、参加企業からAI活用の現状や課題についての意見が共有されました。多くの企業ではAIエージェントの導入や全社利用を進める段階にある一方、人事領域では情報漏洩への懸念や扱う情報の機密性の高さから、活用が限定的であるとの声があがりました。また、AIが一般的な知識を提供できる時代だからこそ、自社独自の文脈や知見を活用することが差別化につながるとの意見も示されました。さらに、AIに判断を委ねる傾向が強まることへの懸念も共有され、人間が担うべき判断や意思決定の重要性について議論が交わされました。なお琴坂先生によると、AI時代の組織設計や人事の実践については、刊行予定の『経営戦略の進化〈実践編〉』でも詳しく論じるとのことでした。
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9月1日(火)の第3回研究会は、「エビデンスで生産性を高めよう」、「ケーススタディ:人事戦略が描けるHRプロになりたい」の2テーマで開催予定です。ケーススタディは本コンソーシアム初の取り組みとなります。どうぞご期待ください。

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